昭和四十七年六月二十九日


御理解第九節「天地金乃神は宗旨嫌をせぬ、信心は心を狭う持ってはならぬ、心を広う持って居れ、世界を広う考えて居れ、
世界はわが心にあるぞ」                   

金光教は宗旨嫌をせぬ と云うのではない、天地金乃神は宗旨嫌をせぬ。
 いろんな大きな意味があると思うですね、私はこゝのところを、金光大神は宗旨嫌いをせぬという頂き方をしてましたけどねえ、だから金光教では、宗旨嫌をせぬ、何様でも良いという風に頂いていましたけれども、今日こゝのところを気付かせて頂くです。
 天地金乃神は宗旨嫌いをせぬと、ですから金光大神は天地金乃神様の御依頼を受けられて、世界の難儀な氏子救済の働きをして下さる訳です、そこで世界真の救済ということは、矢張り教祖金光大神が、天地金乃神様より受けられておる教祖自信が又、体験された御信心によらなければ、いわゆる世界の難儀を助けるという事は、まず絶対出来ない。
 ですから教祖様のお話の中に、色々と教祖様のお広前で、何々宗はどうの、何々教はどうのと云うて、悪口を云うた人があったと、そしたら教祖の神様は、大変気色ばんで、云うならお腹立ちになるような顔色で仰ったと云う、それを私の言葉で申しますと、「釈迦もキリストもみんな天地金乃神の氏子ぞ」という事になるのです。ですから、そんなら仏教であろうが、キリスト教であろうが、成程天地金乃神様のお心の中にあるのだと云う事、だからお道の信心させて頂く者は、そういう神様を頂いておるのであるから、信者氏子も心を広う持って居れと云う事になるのです。
 これは、だから金光大神が仰って居られると云う事じゃない、又は金光教はこうだと云う事でもない、天地金乃神は、である。
 だから なべて金光教という事に段々なっていかなければならん只、それが金光教になっていくだけではいけません、本当の、矢張り教祖金光大神が仰られる、天地金乃神様がお伝え下さってある行き方、在り方というものを身につけて、そしてそこに本当の助かりそれを又、お道流に云うと眞の信心という事になりましょう。
 だから眞の人を目指させてもろうて、眞の道を歩くという事にならなければ、眞の幸福ということはない、だからそういう信心を身につけたところの、金光教でなからな駄目なんだ。
 昨日も東飯塚教会で、青年教師の会が御座いました、こゝからも三人か四人行きました、昨日帰って来て、博通先生が云うておりますけれども、もう本当に、合楽教会にあって、そこに生き生きとしたおかげを目のあたりに見たり、聞いたりしておるから、心が生き生きとしてきますけれども、あれでよう皆んなが金光様の御信心してるというようなものだけしか受けてこなかったとう、偉い先生が見えてお話になったけれども、それは、ぼそぼそとして下を向きながら、本を読みながら、何か大変理屈っぽい事をお話になっとりますけれども、もう云うならば、聞いてこれが何になるだろうかと云うような、感じだったという感じを、昨日こゝでお届けしております。これはね、そればってん、どこどこ教会、どこどこと云う事じゃないよ、合楽の場合は特別よ、おかげを受けておるのは、と云うてまあお話をした事でした。
 ですから、これはまあ過言になりますかも知れませんけれども、だから合楽のような行き方ををなさって、生き生きとした御比礼を立てゝおられる所は別ですよ、だから合楽のような行き方に、金光教全体がなってしまわん限りです、その金光教おし進めていけば、世界真の平和という事になるでしょうけれども、そんなら例えば、昨日申しておりますが、只方法論ですね、例えば最近本部から参りました、特別議会の模様を、一冊送ってきておりますけれども、丸少とか青年会が活発になっていく為には、どうしたら良いかと云う事をです、いわゆる方法論なんです。
 いわゆる若い者の心を、キャッチする事が大事であるとかね、こういう行き方がある、こういう方法がある、といったような事である、だからそういう事でよし出来たところで、その青年会が、その丸少が決して力のあるものにはならんのだ。
 昨日の御理解を頂いて、とりわけ私は有難く思ったんですが、お道の信心が釘付けでないという事、もう青年会を育てる為には、こういう行き方があるんだと、釘付けにしてしまって丸少はこげんして育てんならん、と云うてちゃんと わくを作ってその中に入れようとしておる、それではね、私はおかげにならんと思う。
 本当に、信心は心を狭う持ってはならぬ、心を広う持っておれと仰るのが、昨日の御理解につながる感じが致しますですねえ、心を広う持っておれ、しかも世界はわが心にあると仰る。
 これは私は教祖金光大神の心の中にあるとも頂けましょうけれども、矢張り天地金乃神様のお心の中にあるのだと云う事です、天地金乃神様のお心の中にあるのだ、いわゆる自由自在に、天地に根をはって行けると云う感じが致します、こまかあい事なんか云わんで済むという事。
 私は今朝起こして頂いたら、電気をパッと、私はつけるんです、もう家内が死んだようになって寝てます、歯をくいしばって寝てるんです、「あら、これは死んどるとしゃなかろうか」と私は思いました、瞬間、そして思うたですねえ、これは本当に、寝顔なんかいうものは、良い寝顔で寝らにゃいかんですよ、それこそ笑うたようなと云うか、静かなと云うか、いわゆる寝相と云うか、こうやって歯くいしばって寝とるなら、やっぱ気色の悪か。
 そん時私は、ふっと思ったんですけれども、果たしてこれが本当に死んでおるとするなら、まだ私がお便所に行って洗面をしておる間、時間がありますからね、その間にあれがもし、こうやって動かして動かんごつなっとったなら、私はどう思うだろうかと思うた時にね、私は今と同じ平常心だろうと思いましたよ「私が死んだっちゃあゝた泣きもしなさらんですか」と家内が腹かくかも知れませんけれども、それ以上のものなんです云うならば、そしてね、いつの間に私はこういう風に、段々おかげ頂いてきただろうか、今頃の泰子の死に於いても同じ事が云える、いやこれは家内だけではない、そんなら誰彼と云うならお釈迦さまが仰った、もう愛別離苦の苦しみなんか云うのは、もう四苦八苦の中でも、一番最高の苦しみと言っておられる訳ですね、お釈迦さまは。
 愛する者と別れる苦しみ、成程それは愛してない訳じゃない、みんなを愛しておる、けれども別れなければならない時には、その平生で別れられるという事は、何と素晴らしい事だろうか、いつこのような状態になっただろうか、つい近頃迄はそうではなかったが、昨日も竹葉会でございましたから、色々お話をした事ですけれどもほんに今頃から、信者が例えば病気をするとか、又は亡くなるとか云うと、やっぱし心がちょっと動揺致しましたり、又は悲しかったり、それがどういうような事なのだろうかと、云うならこれは、幹三郎の例を取りますと、幹三郎が死ぬか生きるか、いやもう九十九パ―セントは駄目だと迄云われとる程しの、そんなら自分の息子の病気の状態をですね、私がそんなら、皆ご承知の通りです、その当時、私がもう本当に、平然としておれたと云う事ですよ、だから昨日もそれ話したんですけれどね、これがもし自分の子供ではなくて他人の子供だったら、とてもあげなお取り次は出来とらん。
 私は反対にこの辺のおかげを頂いとる、お医者さんが自分の子供やら、自分の家内には、よう注射をせんと云われとりますがね、しきらんのです。ところが私は自分の子供なら、自分の家内なら、私が医者であるなら、より平気に注射でも、云うなら手術でも出来るだろうとこう思うのです、こういうような心がいつの間に育ってきただろうかと思うのです。
 丁度光橋先生も参加しとりましたから、ほんにのや、あゝた方の先生が死んだ時なんかは、一週間位は泣きの涙じゃった、それけん総代さんどんがもう、見るに見かねてから、私を気晴らしにどこか連れて行かにゃいかんと云うから、福岡に関西歌舞伎か何か来てましたから、態々芝居見に行った。芝居見ても私が、つくねんとしているもんじゃから、まあ、あっちこっち連れていって丁度帰りに、「先生 今日は三船敏郎の映画が来とりますから入りましょう」ともう芝居見た後にですよ、入って見るともう立〇の余地もない、それでも私がつくね―んと見とる、それから三船敏郎やらの俳優が沢山来てから、サインボ―ルを投げる、もうそれこそみんなが総立ちになって、そのサインをしてあるボ―ルをもらおうとしてる訳です私はひらおうとも何とも思わんですから、こうやってしとった、そしたらこの辺にボトッと音がしたけん、こう見たら、私のマントのえりの上にちゃんと下っとる、そのボ―ルが。
 もう皆んながこれだけ、それこそ、ボ―ルをこうこうやって取りよるとにです、私は只こうやって、じ―っとしとる所へもってきて三船敏郎がそのサインの入ったボ―ルを、そん時にです、こげんも間違いの無い働きの中にあつとるとじゃけんで、と思うたら心がスッとするようなおかげ頂いた事が、そん時は一週間かゝった。
 これはそんなら、こゝの御信者さんの誰彼の場合もそうでした。久保山先生の時でも、やっぱある意味でそういうものを感じた、ところがそれから数年、今日の私が、あれはどういう事じゃったじゃろうかね、と云うて光橋先生と話した事ですけれども、結局はどういう事かと云うと、「残念だった」と云うごだねえと話した事です何故って、光橋先生が、あゝいう良い信心してましたけども、これだけは一線を引いて、私の中に入ってこないという所があった、私が繰り返し繰り返しそれを、もう亡くなる何日か前にそれを、態々注意しましたけれども、もうそこから一線も、私の中へ入ってこうとしませんでした。
 もう私はそれが残念で残念でならなかった、亡くなった、「ほうら見てみなさい、私が云う通りじゃったろうが」というのが悲しみの元じゃった。
 これは上滝さんの場合もそうでした、本当に私が云う通りしとりゃ、こんな事もないのに、あんたが云うこつ聞かんけん、こんな事になったろうが、というのが残念で残念でたまらなかったのが、あの悲しみだったなあと、昨日はそういう事を話した事でした。
 それで例えば、池尻の家の場合であっても、これはそんなら私の思う以上に、例えば日頃の信心が出来よったし、そんなら日頃の心がけと云い、何かと云い、もう本当に云うならば、私の思い以上の生き方をしておったのであるから、残念というものが残る筈が無いそしてなら何故亡くなるかという心も起らない、本当におかげを頂いただけしか残らない。
 家内の場合だって、そんなら、今朝私が瞬間に感じた事であってもです、云うならばお気付を頂いて、こうだったと云うものではなくてです、もうそういう時に、そんなら私がもし、ゆり動かして動かんようになっとっても、私はどう思うだろうか、いやこの心と同じだろうと思うたんです、そしていつの頃から、こういう大きな心にならせて頂いただろうかという事なんです。
 天地金乃神は宗旨嫌いをせぬ、心を狭う持ってはならぬ、心を広う持っておれと、そういう意味で段々、心が広うなって来たんだなとこう思う。そしたらね、すく御心眼にそこの食堂の前に、四角い手洗いがあります、あれは先生方が御大祭の時、装束をつけ終られて、手を洗われる事の為に、あれは作らせて頂いたんです。
 あれがね、からっぽになっておる水が、そういうところを頂いたはゝあ、成程手を清めよう、口をゆすごう、と思うてもお恵みの水がなからなければ、洗う事も清める事も出来んなと、私は気付かしてもらった。
 皆さん、本当におかげの実感というものが、なからなければいけないという事ですね、おかげの実感、本当にもう、信心も出来んのにこのようなおかげを頂いてと、思うたらとても、朝参りの一回位させてもらわなければおられん。
 有難いと思うております、ばってん、ちゃんとグ―グ―云うて寝とります、と云うような事でですねえ、有難いと分かってるとは云えない、だから本当に、神様のもういやが上にも、これでもか、これでもかと云うような、そんならおかげをね、信心も出来んのに、このようなお恵みを受けてと、水の事はこゝではお恵みという意味で申しましょう。
 そのお恵みに触れておらなければ、だから問題はお恵みを実感するという事なんだ、おかげを実感するという事なんだ。だからおかげを実感する、そしてお参りをするという事は、愈もっともつと改まらにゃいかん、研かにゃいかん、本気で清まらせて頂かにゃいかん、という事につながらなければ、有難いと思うとる値打ちは無いです、有難いと思うとりますと云うたっちゃ、有難いと思うとるなら、もっとより清まろう、もっと改まろう、という事にならなければいけん。もうこれで良いてんなんてん、結局、お恵みをそこに頂かなければ、口をゆすぐ事も、手を清める事も出来ないんだという事、愈そういう生き方をもってする時にです、初めて心が広うなっていくのじゃないでしょうか、愈、私は本当に心の広い人にならにゃいかんと思うね、本当にそれはね、ちょっとどうか云や顔色が変わる、ちょっと云やもう頭にきた、といったような事ではなくてです、心を広う持って、只今申します心を広くする稽古をせにゃでけん、私が例えば今朝思いました、例えば家内がコロッと死ぬような事があっても、はゝあ今朝の実感から云うならですね、おそらく私は悲しまないだろうと、こう、それは私が冷淡なごと迄、自分を思うですけれども、いや冷淡なのではない、心を広うさせて頂いておるからだ、それをおかげと頂けるからだ、と思わせて頂いた。
 これはだからね、もう大変な事だと思うのですよ、お釈迦様の例を取って申しましたが、本当に今頃から求めても、与えられない苦しみという、お釈迦様の四苦八苦の中のひとつを、求めるものが与えられない苦しみがあるのだと、そんなら求める心を捨てたらいゝじゃないか、と云うて、今頃皆さんに聞いてもらった。
 求める心を捨てたら楽じゃないか、そんなら今云う愛別離苦の苦しみと云うても、そんなら私はどんなに愛する人と別れてもです、おそらく今の心の状態であったならば、苦しみではない、お礼を申し上げる事だけしかない、と こらあお釈迦さんでさえ到達しきらさっしゃれじゃったところを、到達していきよるとじゃなかろうかと、ほんに慢心の出るごたる思いが今日は致しました。
 それはまあだ色々あります、四苦八苦という、それがみんな出来とると云う訳ではありません、けれども私がその中に、云うならばです、求めて与えられないという苦しみも、おかげでなくなつた。それはね、厳密に云えばありましょうけれども、大体に於いてそう感ずるのです。
 例えて云うなら、私がいろんな骨董ものが好きですから、沢山お供え頂いとる、そんならあれがですね、一夜のうちに割れてしもうとったとしたら、もうおそらく私は絶対、どうして誰が割ったか、とか云わんだろうと思います。
 好きは好きです、そんなら好きなものと別れる、これは人間だけじゃない、もうほんにこれは命のごと大事にしとる、というものであってもです、それと愈別れねばならない時に、私はそれを苦しいとは云わないだろう、思わないだろうと思います。
 そんならこれが人間であった場合でもそうなんです、私は今朝その家内の寝相からです、あらこれは死んどるとじゃなかろうかと、本当思うたです、ばってん兎に角、便所にどん行って、手ども洗うちから、顔ども洗ってから、そしてがさって起きて、はあ、もうおかげ頂いて生きとったばいのう と、けれどもその瞬間の間に、思わせて頂いた事なんです、よしそんなら今日家内と別れなければならない、愛する者と別れなければならない、と云うても私の心はさわがないだろう、私の心は悲しまないだろう、と云う事なんです。だからもうこれは大変な、こらもうちった、誇大妄想狂になりよるとじゃなかろうか、という感じがするのです、けれども、これは実感ですから仕方がない。
 そんならそういうような心が、いつの間に起っただろうかと、つい今頃誰々が死んだ、誰々が亡くなったと云う時には、あのように嘆きながら、悲しみながら、その嘆きやら悲しみやらの、例えば古賀先生が今頃から、亡くなった時でもそうでした。丁度一年前、大久保先生から電話がかかってから、「大坪先生すみません、行自が亡くなりました」私は何遍も聞きなおした、やっぱり行自に間違いなかった、そん時に一番思うた事は、残念と思った事でした。
 私が三年と云うて預かっといたのに、二年であの人が帰った、もう一年間無理を云うてでも、置いとかにゃいけなかったと云うようなね、いわゆる残念。「ほうら見てご覧 私が云う通りせんから」というようなものがね、矢張り悲しみになったという、まあそれも煎じ詰めると私が、云う事を聞かせきらなかったと云うことが、残念だったと云うことにもなるのですよ。
 けれども例えばそんなら、私が残念と思うような事に、例えばなりましても、私が好きでたまらん、そんなら書画骨董のようなものでもです、一夜のうちに例えば灰になったとか、一夜のうちに誰かが割っとったとか、持って行っとったとしてもです、私はおそらく悔やまないだろうという事、愛別離苦の苦しみは、私には無くなったという感じです。
 まあそれは今日だけかも知れません、こういう御理解を説かせて頂く事の為に、私の心がこのように平生であったのかも分かりません、限りがないのですから、そういうようなものがです、いつの間に自分の心が、このように広う豊かになれただろうかと思わせて頂く時にです、私はお恵みをお恵みとして実感して、愈それに応えて愈改まらにゃならん、愈研かにゃならん、愈心を豊かに持たなきゃならん、という精進をしておるからだと思います。
 おかげを頂いとりますと云うても、それが朝参りも出来な、御用にもつながらない程しの、有難う御座いますならば、それは本当の有難いものじゃない、その有難いと思う心が、改まるという事にも研くという事にも、つながってくるものでなからなければ、本当の有難いとじゃあない。
 今日私が頂きますように、お恵みの水でひとつも清めてもおらなければ、改まってもおらんとするなら、それはまあだ本当のお恵みの、実感というものが出来ていないのだ、そこで私は思うんです、だからそういうおかげ、信心も出来んのにこのようにおかげを受けてと、いうおかげを受ける、それを私はお恵みと云うて、聞いて頂いたけれども、これは皆さんがいつも頂かれる事ですから、こゝにです、こゝに様々な難儀な問題がそれこそ、天から降ったか、地から湧いたかというような、難儀な問題が起ったと致しましょうか、その難儀な問題そのものがおかげなのだ、お恵みなのだ、その難儀と感ずるその事によって、愈清まれ、愈改まれ、愈豊かになれ、という事になる。
 一切がお恵みと云う事になるでしょうが、これはもう皆さん、いつも云うておる事なんです。昨日上野先生がこゝでお届けしますのに、椛目の元のお広前の所で、今の池尻の所で、もうひたひたと大水が入っとるところを頂いたと、してみると例えば泰子の死なんかでも、これはおかげであると思わなければおられない、お恵みだという事、だからそれが例えばそんなら、悲しいならば、苦しいならば、それによって愈本気で改まろう、又清まろうという行き方をするところからです、自分の信心の心を、愈広う持って行けてそれこそ、どういう愛する者と別れる、どういう自分が好きなものと別れなければならない事であっても、そん時に悲しみやら、苦しみを感じんで済む程しのです、おかげを目指さなければならない、私も目指す。今日は私は、完璧に出来ているようにきいていただきましたけれども、しかしこれは私の今朝の実感ですけれども、けれどもそれがもっともっと、だから、本当のものになって行かなければならないと云う事、勿論まあだ有りますよ、苦しみというのは、色々な苦しみがあります、本当に、世界はわが心にあるという程しの心、いわゆる天地金乃神様の心をそのまゝ、私共の心として頂く、というのがお道の信心、ですから成程、天地金乃神は宗旨嫌いをせぬ、という事は、金光教では宗旨嫌いをしませんものね、と云うのじゃない、天地金乃神様は、そんなら釈迦もキリストもやっぱり、氏子にすぎないのだ、と云う事、だから本当の世界が平和になるというか、世界幾人類が助かって行くという事の為には、愈本当の意味に於いて、教祖金光大神が、天地金乃神様から受けられた、その御教えを、身を持って行じられる行き方というものが、今の金光教で広がったって、世界の平和にはつながらない、と私は思うですね。
 なしかて、金光様の信心頂いておる者だって、今云うようなおかげ頂いてないじゃないか、私が云うように。
 博通君が昨日、青年教師会に行ってから、愈感じてきた、その姿というものはひとっつも、只方法論だけは一生懸命云いよる、どげんしたら助かるか、どげんしたら青年会が出来るか、どげんすりゃ信心が分かるか。
 もう金光様の御信心はどこ迄もです、いわゆる一切を、今日私が云う、お恵みとしてです、受けて行けれるという事、だから本当におかげを実感しておる、こうして健康でおかげ頂いて、お金も不自由せんで、家庭も円満で、有難いと思うとりますと、こう云う
その有難いと思うとりますとがです、そんならそれによって、研こう改まろう、という意欲が無いならば、それは有難いと云うものじゃない、今日私はそういう風に聞いて頂きました。
 限りなく、そんならそれが悲しい問題、難儀な問題と普通では云うけれども、そんなら悲しいならば、苦しいならばその問題をもって、それをお恵みの水と思うて、それで手を清め、心を清めていくという信心に、ならせて頂くというところから、これは私の信心を振り返ってみて、はゝあそう云うような行き方が、このような大きな心になりえておるんだなと云う事を、私は今日思わせて頂いた。だからそういう信心を身につけて行けれる、という例えば信心、云うならば、おかげは和賀心にあり、というね、本当にこゝにしぼらせて頂いて、この和賀心にありと、そこにしぼられる、どのようなものでもお恵みとして、和賀心で受けられるというのであるから、そういう信心が例えば樹立されたときに、初めて世界の名教、いわば世界に広がって行けれる信心と、云う事になるのじゃないでしょうか、その中におそらくキリスト教も仏教も入ってくる程しの、おかげになるのじゃないでしょうか。
 成程、天地金乃神様の、宗旨嫌いをせぬと仰る訳が、教の御理解頂いて、分かったような気がします          どうぞ